活動と休暇 年間第16主日(マルコ6・30~34)
新聞を読んでいたら、世界の国民性のことが記されていました。その中で、百メートルを「よーいドン」と歩いた場合、一番速いのは日本人だそうです。都内で電車に乗るため、急いで歩いている人の姿を見ると、確かに速いなあと思います。また他の記事で、ガラスで作られている風鈴の音の高さが、以前からすると高くなっているそうです。それは人のストレスからくるものと関連があるようです。歩く速度にしろ、風鈴の音の高さにしろ、けっこう私たちは、ストレスの中で生きているのでしょう。
37年前ですが、司祭に叙階されて福岡修道院に派遣されました。中学生志願者の係とともに、召命募集活動のために九州地区のいろいろな教会を巡りました。知り合いの司祭の所へは行きやすく、冗談も言えますが、面識のない所にはけっこう気を遣い、疲れが出て、修道院に戻って来た時には、もう疲労困憊。たくさんのストレスを感じました。
使徒たちは宣教活動のために、あちこちを巡っていきますが、やがて自分の場所に戻ってきます。慣れない土地での宣教活動のためでしょうか、クタクタになっています。見知らぬ土地での宣教に、弟子たちも疲労困憊だったでしょう。イエスは、「さあ、あなた方だけで人里離れた所に行き、そこでしばらく休みなさい」(マルコ6・31)と語ります。さらに「食事をする暇さえなかった」というほどに、とても忙しかったことでしょう。
「ヴァカンス」という言葉があります。通常、「休暇」と訳されたりしますが、もともとは「空白」「空いていること」を意味するものです。ふだんの忙しさから解放されて、空白の時間を作ることも大切です。
種々の仕事を終えて疲れ切っている時、人里離れた所は行き、しばらく空白の時間を取って休んでみたいものです。
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