ここから運び出せという種 四旬節第3主日(ヨハネ2・13〜25)

 私たちは、どのような所で祈りをするのでしょう。もちろん、聖堂は祈りの場であり、潜心して祈ることができます。しかし、教会に行くことができないときには、それぞれの場で祈る場所を作らなければなりません。私たちは、祈るとき心を落ち着けて祈る、環境を持つことが大切ですし、祈りへと向かうような心の状態にするということも大切なのではないでしょうか。

 きょうのみことばは、過越の祭りが近づくエルサレムの神殿で商売をしている人たちをイエス様が追い出す場面です。イエス様と弟子たちは、過越の祭りに向けて賑わう神殿の境内に入って来られました。しかし、そこでは牛、羊、鳩を売る者や両替屋が座っていました。当時、神殿では神に生贄を捧げるために、それぞれの場所から家畜を連れてきていたようです。もちろん、そのためには家畜を連れて行くという手間がかかってしまいます。それで商人たちは、神殿に上って来る人たちのために、神殿の境内で生贄を捧げる牛や羊や鳩を売っていたのです。また、当時の人々は、ローマのデナリ銀貨を日常使っていたので、神殿に納めるためにユダヤ人たちが古くから使っていた銀貨に替えるために両替屋がいたのでした。しかし、商売をしていた人たちは、神殿を管理している祭司たちに、売り上げの何パーセントを支払っていたようです。ここに、金銭的な醜いやりとりが行われていたのです。

 また、彼らが商売をしていた境内は、「異邦人の庭」と呼ばれている所で、異邦人がエルサレムの神殿で祈ることができる唯一の場所だったのです。商売をしている人たちは、自分たちが異邦人の祈りの邪魔をしているという意識を持っていませんでした。もちろん、神殿を管理している人たちは、異邦人たちを軽蔑していましたので、彼らのことなど眼中に入いらないばかりか、自分たちの私服を肥すことに目がいっていました。イエス様は、そのようなさまざまな彼らの思いを含めて、怒りを覚え「これらの物はここから運び出せ。わたしの父の家を商売の家にしてはならない。」と言われたのではないでしょうか。

 このことは、私たちに対しても言われているのかもしれません。パウロは、「あなた方の体は、キリストの体の一部分であることを知らないのですか。……あなた方は知らないのですか。あなた方の体は、神から受けた聖霊が宿っていてくださる住まいであり、そして、あなた方はもはや自分自身のものではないことを。」(1コリント6・15〜19)と伝えています。もし、私たち自身の【神殿】の中にもし、相応しくないものがあるとしたなら、イエス様は「これらの物はここから運び出させ。」と言われるのではないでしょうか。私たちにとって、【神殿】を汚すものとは【罪】と言ってもいいでしょう。イエス様は、当たり前のように商売人たちが利便性を提供することで人々に奉納物を販売するように、私たちの中に知らないうちに罪への傾きが入ってきていることを指摘されます。イエス様は、私たちの中にある【神殿】を自ら汚さないように、愛を持って厳しく「これらの物はここから運び出せ」と言われているのかもしれません。

 ユダヤ人たちは、イエス様に向かって「こんなことをするからには、どんな徴をわたしたちに見せてくれるのか」と言います。彼らの心の中には、「自分たちは、参拝者のために良かれと思って商売をしているのに、あなたはなぜそんなに

怒っているのか。なぜ、自分たちを悪者にするのか。」と思ったのかもしれません。イエス様は、彼らに「この神殿を壊してみよ。わたしは3日で建て直してみせよう。」と答えられます。イエス様が言われる「この神殿を壊してみよ。」という「神殿を壊す」という中には、「神殿を商売の家にする」と同じように、私たちの【罪】を意味していると言ってもいいでしょう。私たちは、パウロが伝えたように【聖霊の神殿】なのです。イエス様は、私たちがその【神殿】を罪によって汚し、壊してしまうようになったとしても、「この神殿を壊してみよ。わたしは3日で建て直して見せよう。」と言ってくださるのではないでしょうか。

 イエス様は、エルサレムにおられる間、病人や悪霊に憑かれた人を癒やされたのではないでしょうか。みことばには、「イエスの行われた徴(奇跡)を見て、その名を信じた」とあります。人々は、イエス様がなさったさまざまな奇跡を見て、その恵みに感動し、感謝することでイエス様の【名】(イエス様の人格の全て)を信じます。しかし、イエス様は、何が人間の心の中にあるかをご存知でした。私たちの心の中には、おん父へ向かう心がある反面、罪に傾く心もあります。私たちが犯す罪は、私たちの心の神殿を汚し、壊してしまいます。私たちは、自分の中の神殿に目を向けること、祈りの場として、拠り所として、深い所で主なる神様と繋がっているかを見つめたいものです。

 イエス様は、私たちの【心の神殿】をご覧になられ、「これらの物をここから運び出せ。」と言われておられます。今一度、私たちの心の中の【神殿】をありのまま見つめ直し、もし、余分なものがあるとすれば、それらのものを運び出しましょう。そして、何度でも建て直してくださる、イエス様の言葉に信頼して復活の恵みをいただくことができたらいいですね。

聖パウロ修道会サンパウロ

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