【訃報】ヨセフ山内重夫修道士

 ヨセフ山内重夫修道士(やまうち・しげお=聖パウロ修道会会員)が、2021年2月25日午前12時3分、聖パウロ修道会四谷修道院(東京都新宿区)で御父のもとに旅立ちました。享年90歳。故人との出会いを偲び、ご冥福をお祈りください。


 通夜、葬儀ミサ・告別式は下記の通り。

  • 通夜:2月26日(金)午後6時〜 (司式:山内堅治神父)
  • 葬儀ミサ・告別式:2月27日(土)午後1時〜 (司式:澤田豊成神父)

 共に聖パウロ修道会若葉修道院聖堂(東京都新宿区若葉1-5)にて営まれます。


 なお、通夜、葬儀ミサ・告別式に関しましては、昨今の状況下を鑑みて近親者のみで執り行わせていただきます。

 ≫ 通夜、葬儀ミサ・告別式はYouTubeにてライブ配信いたします。

略歴

ヨセフ山内重夫修道士

  • 1930年4月20日 長崎県松浦市御厨町相坂免480に生まれる。6人の兄弟姉妹(男5人、女一人)の五男。(田平教会の台帳では、1930年4月15日に生まれている)
  • 1930年4月18日に田平教会で受洗。洗礼名はミカエル。誕生前の洗礼で、西木場教会はなく、田平教会に通っていた。
  • 1942年10月25日、田平教会で堅信を受ける。
  • 1943年4月、長崎の公教神学校(長崎教区)に入学。同級生は故・松永久次郎司教。
  • 1945年8月9日、長崎で被爆。爆心地から4キロ離れた工場で被爆。
  • 1945年秋、神学校を退学。旧制中学3年で中退。故郷で、自動車修理、木工場で働く。
  • 1950年3月19日、福岡修道院に入会。雑務に追われる。
  • 1951年4月に東京・赤坂修道院へ異動し、印刷の使徒職に従事。
  • 1953年4月8日、東京・赤坂修道院で修練に入る。中村修道士、牧山忠治修道士が一緒。修練の間、印刷の使徒職に従事。
  • 1954年4月9日、東京・赤坂修道院で初誓願を宣立。修道名は「ヨセフ」。有期誓願期の使徒職は印刷。
  • 1959年4月9日、東京・赤坂修道院で終生誓願を宣立。1971年10月まで、東京・赤坂修道院で印刷の使徒職に従事した。
  • 1971年11月、若葉修道院へ異動し、中央出版(現在のサンパウロ)の営業の使徒職に従事。1976年3月まで。
  • 1976年4月~1984年3月まで、サンパウロ書店の店長を務める。
  • 1984年4月~1990年2月19日まで、営業部長を務めた。この間、1988年4月14日~1990年3月14日、使徒職委員会のメンバーとなった。
  • 1990年2月19日~1999年12月31日まで、版元営業部での使徒職に従事。この間、1994年7月11日~1997年7月6日まで、若葉修道院の修道院顧問・修道院会計を務めた。
  • 1994年4月14日~1997年7月6日まで、箱根修行所の補佐(主任は中村修道士)
  • 1997年7月6日~2002年12月31日、若葉修道院の院長(Delegato)に任命され、その傍ら、営業部、書店奉仕に従事した。また1997年7月6日から箱根修行所の主任となった。2012年9月まで奉仕。
  • 2002年1月1日~12月31日、協力者会の担当。
  • 2002年1月1日~2003年9月8日、販売部での奉仕。並行して、2003年1月1日~2005年12月31日、版元営業(後に宣教推進部と名称変更)での奉仕。
  • 2005年1月1日、四谷修道院へ異動。宣教推進部で2015年7月まで奉仕。この間、コンピュータの学校に通い、イラストレーターやフォトショップの機能を学び、広告版下の作成に尽力した。
  • 2015年7月24日、胃がんの手術のため、慶応病院に入院。12月14日に聖母病院に転院し、2016年2月9日に退院。その後、呼吸器系の病気を患い、2018年には誤嚥性肺炎を患うようになった。その後、四谷修道院で治療に励む。
  • 2021年2月25日(木)の午後1時23分、老衰のために帰天。