「カトリック入門」 第8回 イエス・キリストについて(その2)【動画で学ぶ】

第八回:イエス・キリストについて(その2)「イエスの受難・復活・昇天・聖霊」

*「汚れなきいけにえであるキリストは、その血をすすんで流すことによって、私たちのために生命を獲得なさいました。神はキリストにおいて、私たちをご自分と和解させ、また私たちの間に和解をもたらし、悪魔と罪に捕らえられている状態から私たちを救い出されました。その結果、私たちは使徒パウロとともに次のように言うことができます。神の子は、「私を愛し、私のために自分を渡された」(ガラ2・20)。キリストは私たちのために苦しみを受けることによって、私たちがその跡を踏むよう模範を示されたばかりでなく、御父への新しい道を開かれました。私たちがこの道に従うならば、生と死は聖なるものとなり、新しい意味を持つことになるのです。キリスト者には多くの苦難を通して悪と戦い、死をも耐え忍ぶことが必要です。しかし、復活秘義に結ばれて、キリストの死に倣うキリスト者は、希望に力づけされて復活に向かって進みます。」(現代22)

*聖書によれば、イエス・キリストは受難に赴く前に使徒たちと最後の晩餐を共にして、旧約の過越しの記念を行い、それを成就するものとして、新約の過越しの祭儀、すなわち十字架のいけにえを記念する聖体祭儀をお定めになりました。

*イエス・キリストの主な苦しみは、心痛のために血のような汗を流し、捕らえられてユダヤ人とローマ総督の裁判所に連れて行かれ、鞭打たれ、辱められ、茨の冠をかぶせられ、ローマ総督ポンティオ・ピラトから死刑の宣告を受け、十字架をになってエルサレム門外のカルワリオへ登り、二人の盗賊の間に十字架にくぎづけにされて亡くなられたことです。ご心痛の間、イエス・キリストは「私の父よ、できれば、この杯を、私から取り去ってください。しかし、私の思うままではなく、み旨のままに」(マタ26・39)との祈りをもって、御父にみ旨に対する従順を表されました。

 裁判所では、明白にご自分が救い主、神の御子であることを証言なさいました。十字架上では、敵のためにゆるしをこい願い、そして「父よ、私の霊をみ手に委ねます」(ルカ23・46)と言って、お亡くなりになりました。それは金曜日の午後3時でした。そのとき、太陽は暗み、神殿の幕は二つに破れ、地は震え、岩は裂け、幕は開くなどのことがありました。

 のちに一人の兵士がやりでイエスの脇腹を刺し貫いて、そのご死去を確かめました。また、少数のキリストの弟子は、ご遺体を近くの墓におさめました。


■イエス・キリストの受難と死の意味

 イエス・キリストは、御受難とご死去によって全人類を代表して、父である神に対して愛と従順を示し、新約の完全ないけにえをささげ、すべての人間の罪を贖い、人間に罪のゆるし、神との和解と親しい交わり、および神の子の資格と、永遠のいのちの世継ぎの資格を得させました。それによって、すべての人々が、キリストのもとに新たに一致するようになりました。

*復活と栄光

 イエス・キリストはご死去ののち、三日目に預言のとおり復活なさいました。

 ➀イエス・キリストのご復活は、イエス・キリストが自ら使徒たちと数多くの信者にたびたび現れになって彼らと交流し、

 ②使徒たちは常にこの事実について証言し、そのために生命をもささげたことなどによって分かります。

  一コリ15・3~11


■復活と人間の救い

 イエス・キリストの復活は、➀十字架のいけにえが神によみされてキリストがすべてのものの上にあげられた主であることを示し、②人間が罪と死から解放され、神の子の新しい生命を与えられ、キリストの復活とその永遠の栄光にあずかることを保証し、人々にそれを獲得されるためでした。

*昇天

 イエス・キリストは復活の後、40日間たびたび使徒たちに現れて、喜びと信頼と平和をもって彼らの心を満たし、聖霊を約束し、神の国のことを話し、福音を万民に伝えるようにお命じになりました。そして使徒たちを祝福して彼らから離れ、昇天なさいました。

 弟子たちにとっては、寂しさがある。でもイエスは聖霊を約束なさった。

*聖霊

 イエス・キリストは聖霊降臨の日に、エルサレムに集まった使徒と弟子たちに聖霊をお送りになった。(使徒2・1~4)

 聖母マリアも共にいる(使徒1・14)

 聖霊によって使徒たちは、イエス・キリストの教えをいっそうよく悟り、それを力強く宣べ伝え、各地でイエス・キリストへの信仰に導く。